昭和44年10月5日 夜の御理解
今日は日田の綾部さんって言う、お宅に、日田の丸亀っていうお酒屋さんですけども、ここに高芝さんのお導きで二回参ってまいりました、で先生、あの私に来て頂きたいと、この高芝さんが管理人でされるお店ももう、ここ一例ずでもうオープンの運びになったからそこも見て頂きたいと言うので、まあご招待を頂いたわけですが、もう本当にあの驚きでした、ある意味で、もう素晴らしいお徳というものはやはり、その、その人の徳、家の徳というようなもの、あちらの本宅の方で、え~私共が行きますので、ちゃんと色々準備がしてございましたが、この間あちらで色々見せてもらいました、その、それこそあの美術品なんかでも、もうそれこそ素晴らしいものばかり、調度品なんかってきたらもう本当に、え~びっくりするような調度品ばかりの中にまあ生活しておられる方ですけれど、話しを聞きますと、その素晴らしいものの一つ一つがですね、もう本当にあの、お~、集まって来たという感じですねみんな、ね、どこどこの金持ちさんに持って行った、どこどこに行ったけれどもとうとう売れなかったから、まあここで取って頂かなければっち言うてその、まあ例えば30万もするなら30万もする物が、まあ20万で良いからといったような風でまあ、その自分で求めて買われたというような物ではなくて、まあそういうようなまあ言わば集まり方をしてるわけですね、あそこで御呼ばれをいたしましたらもう私は本当に、私もたいていは根は(?)ですけれども、本当に初めて頂いたっていうような、食べ物ばかりでもう大変なおごちそうがしてございました、え~そん時私本当にあの、お~やはり、ああしておかげを頂く人は違うと思いました美しいです、する事、言う事する事がですね、それであの、丁度、食前に、まあ色んな御料理の中にですね、あれは手もつきませんでしたけれどあの、お~トンカツだったでしょうね宮崎さんあれは、大きな、あれはトンカツだったでしょう、トンカツが出ておりましたが、私あの、お~、柏手して頂こうと思わせて頂いた今、「素晴らしいことだなぁやはり徳に集まってくるとだなぁ」と私思わして頂いたら、その目の前にあるそのトンカツを頂くとですよ、言うなら天ぷらですよね、あれはコロモで包んだものです、ね、結局その私共の信心がね、まぁだコロモ付けたようなものであって中身が、どんなものやら分からんし、言わば中身はトンカツ、あの豚のお知らせを汚いものとおっしゃるですね、ですからその、汚いものを奇麗なもので包んでおるといったような間は集まってはこん、やはり中身が奇麗にならなければ、というような事を頂くんですよ、はぁ問題はこちらが中身をもっともっと本当なものにして行くことだなぁと、そして天ぷらではない私になることだなぁと、ね、いわゆる見かけばかりのものは天ぷらと申します、ですから私共の信心が見かけは、まあある意味合いで、まあ素晴らしいかもしれません、けれどもあの中身がいわゆるトンカツ、その豚のような汚いものだから、ね、中身を奇麗にしていくこと、天ぷらでない私、どっから見ても、言わば立派な私、言うなら神様がごらんになっても立派であるというところに、私は集まってくる物でなからなければ、その素晴らしいということ、それは金を儲けてね、その買い集めていったようなわがいい知りません、けどもそれにしても同じ事ですけれども、集まってくるというものはやはり中身だ。
だから私共がここで分からなければならんことは、私共自身が本当に天ぷらである自覚に立たなきゃいかんです、その証拠に集まっとらんじゃないかなんにも、ね、私共の、例えば上においっ、なる合楽には、はぁ見事な、あ~、まあ言うなら、合楽の、お~、まあコレクションをしてもええといったようなその、ことすら言い、申しますけれども、とてもとておそりゃぁあの、まあ言うなら段違いのことでございますけれども、ならそういうおかげを頂きたいという前にまず私達がね、天ぷらでない私達、本当なもの、本当なものになりさえすりゃ、本当なものになりさえすりゃ本当なものが集まってくる、これは間違いのないこと、帰りえき、正義さんと車が一緒ですから、話してきたことです、あれを見てからファイトが沸いたと、これはまだまだ、という、はあまあ献金出してからあげんゆく立派な物を集めるぞ、ってそんなもんじゃない、私がファイトが沸いた、こりゃ本気で修行せにゃならんぞということなんです、本気で天ぷらではない私にならなきゃならんぞということなんです、ね、もう限りがないのですから、ね、うんなら私の信心に集まってくるのはこんなもん、けれどもこんなものじゃないもっともっと段違いな物があるということ他には、限りなく、だからそういう段違いな物の、が集まってくる、そういう物が欲しいのじゃないけれども、そういう段違いな物が集まってくるほどしの中身が足りん、それには天ぷらでない私にならなきゃならんということをね、本当に痛感して帰ってきました、うん。
いよいよ本気で元気な心で信心するということは、本気で私に取り組まして頂いて、本気でいわゆる限りなく美しゅうならしてもらい、立派な私にならして頂くということにね、焦点をおかなきゃいけないなと思いますね。
どうぞ。
入力者:誠輝